Living the Lotus

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法華経と四諦の法門 

ドミニク・スカランジェロ立正佼成会国際アドバイザー 道諦の実践  先月は苦の原因を知るための真理、すなわち四諦の二番目にあたる「集諦」について考えました。今月は苦を滅するための真理である「道諦」を見ていきたいと思います。通常、道諦は四諦の最後に置かれる真理ですが、三回目の今回、道諦を取り上げる理由は、日常生活での実践的な観点から見れば、不安や苦悩の原因が分かってきたとき(集諦)、次に大切なのはその苦から自己を解放するための手順や実践方法を知ること(道諦)だからです。  先月は苦の分かりやすい例として、交通渋滞に巻き込まれた私の実体験を紹介し、「物事が自分の思い通りに進まないことから生まれる苦」についてお話ししました。そして「集諦」の実践を通して、私の苦がどのような因果の連鎖によって生じたのかを見つめました。  苦を離れるため、私にできることは仏さまの教えを実践することですが、苦の因果関係が重層的であるのと同様に、実践の方法もひとつでありません。しかし、その中でまずできるのは、人に対して怒りをぶつけるような行為をやめることです。法華三部経の無量義経には、このことに関する大切な教えが示されています。それは、「瞋恚盛んなる者には忍辱の心を起さしめ」という教えです。感情的になったとき、自分の心に気づくことができれば、怒りの爆発を抑えることができるはずです。また怒りや苛立ちを表に出さずにいることができれば、人との衝突を防ぎ、自分自身や周囲の人に苦しみを与えることもありません。  しかし長い目で見ると、怒りの感情と向き合わずにただ抑え続けるだけでは、その感情はかえって強まり、いつかもっと激しい爆発を引き起こすかもしれません。つまり、このような自制は効果的で、ときには必要であるものの、あくまで応急処置のようなものです。本当の意味での菩薩の「忍辱」とは言えません。開祖さまも、「歯をくいしばって耐え忍ぶのはまだまだ初心の人であって」と述べておられます(『法華経の新しい解釈』 283頁)。  法華経の法師品第十には、忍辱には二つの条件が伴うことが説かれています。一つは、すべての人に対して慈悲の心を持つこと。もう一つは、あらゆるものを平等に見る眼を具えることです。もし私が慈悲の心を広げ、人びとを平等の眼で見ることができれば、交通渋滞やそれと同様の不都合な状況に巻き込まれたときも、まわりの人々を敵と見なすのではなく、「この人たちも私と同じように困っているのだ」と、自然と彼らの気持ちに共感できるはずです。  では、慈悲心と平等心を育てるためには、具体的にどのような修行が必要でしょうか。その一つは、法華三部経の結経である仏説観普賢菩薩行法経(懺悔経)に「一切の人を視ること猶お仏の想の如くし、諸の衆生に於て父母の想の如くせよ」と説かれているように、すべての人をまるで彼らが仏であるかのように見、生きとし生けるものを自身の父母であるかのように見ることです。また、日々の読経供養の最後に唱える回向の終わりに、苦しんでいる知人の名前を読み上げることで幸せを願い、苦しみが終わることを祈るのも慈悲心を育む修行です。さらに、その願いを具体的な行動に移して、人のためになる行ないをすること、つまり一般的に布施行の実践とされている行為もまた、他の人との一体感を育み、慈悲心と平等心を養うことにつながります。  こうした実践は菩薩道を歩むためのものであり、怒りを静めるための処方として必要なものですが、怒りの排除だけに固執するのは良いことでありません。なぜなら怒りの排除に固執することで、心が怒りに対する反応の連鎖から抜け出せなくなってしまうからです。開祖さまは、次のように注意を促しています。  「煩悩から離れよう離れようと念じているうちは、心が煩悩という観念にひっかかっているために、どうしても離れきれない。」(『新釈 法華三部経』 第1巻307頁)  また、自分の中の怒りを「排除すべき敵」のように見ていると、怒りの奥底にある慈悲の存在が見えなくなってしまいます。「地獄界」のなかにすでに「菩薩界」が存在していることに気づけなくなるのです。私の怒りはまさに大人げないものでしたが、そこには自分自身に向けた慈悲心の一面もあり、怒りの奥には子どもの頃に約束の時間を守れなかったことで受けたつらい思いを、もう二度と経験したくないという切実な願いがありました。心の奥深くにそうした願いがあるとき、それに気づき、受け止めることで、怒りの根底に潜む心の傷を癒すことができるのです。  さらにもう一歩進んでわかったのは、時間を守れなかったことなどを理由に、私を厳しく叱った大人たちの怒り(地獄界)のなかに、慈悲心(菩薩界)の存在があったことに、その時気づくべきだったということです。大人たち自身が苦を抱えていたために、上手な導き方はできなかったものの、彼らも心の中では私の幸せを願ってくれていたのです。仏教の視点から見れば、この気づきが「ゆるす」ということなのです。  「道諦」を実践するということは、「苦の原因に取り組む様々な修行を体系的に行なう」ことを意味します。日常生活で自らの心の状態を意識できれば、怒りが爆発しそうになった瞬間にそれを抑えることができます。その上で、その場しのぎの対策に留まることなく、慈悲心と平等心を広げ、徐々に怒りを乗り越えていくための修行に取り組むことも必要です。そうすることで、最後には自分の怒りを深く見つめ、怒りのなかに菩薩の願いを見出すことが可能になるのです。それは怒りを、自分を導いてくれるよき友(善知識)――自らの内なる提婆達多――と見なし、受け入れる方法でもあります。このアプローチは、怒りを抑え込んだり、敵として闘ったりする代わりに、怒りに本来具わっている慈悲心(仏性)を引き出すことで、怒りそのものを変容させていく方法なのです。  次回は、「今・ここの法の実践」という観点から「滅諦」――苦が消滅した安穏の境地――について考察し、このシリーズを締めくくりたいと思います。 

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四苦を度して、今を生きる

国際伝道部長 前田貴史 皆さん、こんにちは。仏教は、人生には「生・老・病・死」という四つの苦があると教えています。そして開祖さまは、「仏道修行の肝心要のことは『生老病死を度す』こと」と教えてくださいました。 では、「度す」とはどういうことでしょうか。私は、苦しみをなくすことではなく、四苦のある人生をいかに生きるのかを見つけることではないかと思います。 「生苦」は、思い通りにならない人生を歩むことです。でも、私たちは生まれたからこそ、さまざまな人と出会い、多くのご縁をいただくことができます。生きるとは、ご縁に出会う旅でもあるのです。 「老苦」は、身体が少しずつ衰えていくことです。でも、年齢を重ねることで、経験が増え、人の痛みを理解できるようにもなります。 「病苦」も、つらく苦しいものです。しかし、病を経験したからこそ、健康のありがたさや、周囲の人に支えてもらっていることに気づくこともあります。 そして、最後に訪れるのが「死苦」です。人生には、誰にでも必ず終わりがあります。だからこそ、いつか死ぬからこそ、今日という一日を大切に生きることができます。 四苦をなくすことはできません。しかし、四苦を通して、いのちの尊さに気づき、人とのご縁を大切にすることはできます。そう考えると、四苦は人生を苦しめる「四つの壁」ではなく、人生を深く生きるための「四つの入り口」なのかもしれません。 「生老病死を度す」とは、苦しみのない人生を求めることではなく、苦しみの中にも意味を見いだし、今を大切に生きていくことではないかと思うのです。

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仏さまの本願に生きる 

立正佼成会開祖 庭野日敬  仏さまのようになりたい  私たちは法華経の教えを信受して、少しずつでも菩薩行をさせてもらっています。それは一歩ずつでも仏道、つまり、仏になる道を歩んでいるということです。  もちろん、「仏になる」というのは容易なことではありません。ただ、ことさらにむずかしく考えるよりも、私は少しでも実践しやすく考えたほうがいいと思っています。  「仏陀」という言葉は、もともと「目ざめた人」という意味です。この世に起こるものごとのありのままの相や、私たちの心の動き方すべてについて、一点の曇りもなく見とおす目をもっているということです。  逆にいえば、私たちは、ものごとをありのままに見ることができず、自分の心を常に正しく保つこともできません。そこで、お釈迦さまの教えを守って歩むことで「目ざめた人」になろうというのが菩薩行であり、仏道なのです。  ところで、お釈迦さまは、法華経の「方便品」で、「我本誓願を立てて 一切の衆をして 我が如く等しくして異ることなからしめんと欲しき」と言明されています。  すべての人間を、自分と同じように曇りのない智慧と慈悲に満ちた境地に到達させたいとおっしゃっているのです。このような仏さまの本願を、私たちはどう受けとめていけばいいのでしょうか。  こういうお言葉を聞いて、「そういわれても、とても仏さまと同じようになれるわけがない」と、頭から否定してかかる人も多いのではないでしょうか。それでも、私の場合は「仏さまが保証してくださり、手をさしのべてくださるのだから、私も必ず『目ざめた人』になれるはずだ」と素直に受けとめています。そういう希望と感謝の心でいるほうがよほど楽しく、迷わずに人生を歩むことができるのです。  私たちはとかく、自分の命はこの世かぎりのものと考えがちで、目の前の楽しみだけを求めて懸命になっています。ところが、どんなに物質的に恵まれた人でも、「生老病死」の「四苦」から逃れることはできません。また、愛する人と別れなければならない苦しみ(愛別離苦)や、嫌いなものごとにも会わなければならない苦しみ(怨憎会苦)など、精神的な苦痛もついてまわります。  しかも、私たちの命はこの世かぎりのものではありません。ですから、この世にあるとき少しでも菩薩行をしていれば、その功徳によって生まれ変わるたびに、自分の幸せだけに執着する気持ちから少しずつ離れることができて、まわりの人の幸せを考えることができる大きな心に近づいていけるのです。  つまり、お釈迦さまが「一切の衆をして 我が如く等しくして異ることなからしめん」と誓願されたのは、私たち一人ひとりに、仏さまと同じ目ざめた境地に近づくことができる素質があることを保証されていることにほかならないのです。  庭野日敬平成法話集1『菩提の萌を発さしむ』p. 108–110 

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観世音菩薩を理想の姿として、慈悲の心で精進を 

バングラデシュ教会 プリヨ・ロンジョン・ボルア 立正佼成会の信仰に出遇ったのは、いつごろ、どのようなきっかけだったのですか?    私は上座部仏教を信仰する家庭で生まれ育ち、また二人のおじが上座部仏教の僧侶だったという環境もあり、子どものころから仏さまに対する篤い信仰心を持っていました。大学を卒業後、私はバングラデシュの政府職員として自宅があるチッタゴンで勤務していましたが、やがてそこから約400キロ離れたシレットに転勤になりました。シレットはイスラム文化の中心地として発展した都市で仏教寺院は点在する程度で、いつしか寺院への参拝や仏さまの教えにふれる機会が少なくなってしまいました。  その後、2000年のある日、友人のビプロブ・ボルアさんと親戚のオシム・ボルアさんに出会いました。その時に初めてお二人からチッタゴンに立正佼成会(当時・連絡所)という在家仏教教団があることを教えていただき、当時拠点長をされていたビマン・クマール・ボルアさんをご紹介いただきました。  お二人の温かいお勧めを受け、私は勤務先のシレットから遠く離れたチッタゴンまでたびたび足を運び、毎週金曜日に行なわれるご供養と法座に参加するようになりました。   上座部仏教と立正佼成会は、どちらも仏さまの教えを根本としていますが、その修行や実践の方法には違いがあります。上座部仏教では、一般的に僧侶がパーリ語で経典を読誦し、説法を行ないます。一方、在家の信徒は礼拝や読経、布施などの儀礼的な実践が中心となることが多く、また、パーリ語を理解できないために、仏さまの教えを十分に心に受け止めることが難しい場合もあります。  しかし、立正佼成会では会員自らがベンガル語で法華経を共に読誦し、仏さまの教えについて語り合い、学び合っています。  私が最も心を打たれたのは、立正佼成会の会員の皆さんが、在家仏教徒として家庭や仕事を大切にしながら、人びとの幸せと平和のために仏さまの教えを伝え、菩薩行を実践している姿でした。この新鮮で感動的な体験は、私の心を深く動かし、「私もこの道を歩みたい」という思いを強く抱かせてくれました。そして、その後、私は立正佼成会に入会させていただきました。  その二人の方との出会いが信仰の大きな転機となったのですね。  はい、そのとおりです。お二人との出会いがあったからこそ、私は立正佼成会と法華経の教えに出遇うことができました。そして、その教えを日々の生活の中で実践することによって、多くの功徳と心の支えをいただいています。  まさに、お二人との出会いは、私の人生に新たな地平を切り開いてくれた、かけがえのないご縁だったと思っています。   私が立正佼成会を訪ねた時、長年にわたってバングラデシュに法の種を蒔いてくださった飯澤一雅さん(元・大分教会長)が日本から布教に来られていて、貴重なお話をたくさん聞くことができました。特に、立正佼成会では人さまの幸せのために日々菩薩行を実践しているというお話に興味を覚えました。それ以来、私は毎週金曜日に勤務地のシレットからチッタゴンの立正佼成会を訪れ、サンガの皆さんと一緒にご供養や法座に参加するようになりました。その後、私は立正佼成会の素晴らしい教えをシレットにいる多くの人たちに伝えたいという思いから、友人や知人をご供養や法座に誘い、その結果、おかげさまで25世帯をお導きさせていただくことができました。   法華経の教えを学び、いちばん印象に残っていることは何ですか?    法華経には文殊菩薩や弥勒菩薩、常不軽菩薩など、実にたくさんの菩薩が登場します。それらの菩薩にはみなそれぞれ素晴らしい徳や役割があり、私たちが目指すべき生き方のお手本が示されていると思います。私はその中で慈悲の象徴である観世音菩薩に強く魅かれ、憧れとともに大きな目標としています。観世音菩薩普門品第二十五に「三十三身を現じて法を説く」とありますが、それは観世音菩薩が人びとを救うためにさまざまな姿を変え、相手に合わせて救いの道を示す慈悲の働きをしているということです。私も観世音菩薩を理想の姿として、これから慈悲の心をもって悩み苦しむ人たちに少しでも寄り添っていけるよう精進していきたいと思っています。  立正佼成会の教えで心に留めているものはありますか?   私は「まず人さま」という言葉が好きで、日常生活の中で実践できるように心がけています。なぜなら、「まず人さま」というのは法華経の教えの真髄である菩薩の生き方であり、菩薩行の実践そのものだと思うからです。教会では日ごろ、自らが悟りを求めつつ、人びとの幸せのために行動し、自他共に幸せになる道を歩んでいるのが菩薩と教えていただいています。ところが、私たちの現実の社会を見ると、自分中心の考えや行動、自分本位の生き方をしている人が少なくありません。それはとても残念なことですけれども、だからこそ、「まず人さま」を合言葉にして、人さまの幸せを願って行動していくところに私たちの本当の喜びや生きがいが生まれるのだと思っています。  立正佼成会のどのようなところに魅力を感じていますか?  立正佼成会のさまざまな修行の中で、私は先祖供養と法座、一食を捧げる運動に非常に魅力を感じています。その理由は、ご供養をとおして仏さまとご先祖さまに感謝を捧げ、法座修行をとおしてサンガの皆さんとともに法を語り、学び合い、お互いの体験や信仰の功徳を共有することができるからです。さらに一食を捧げる運動は、毎月数回、自ら一食を抜き、空腹感を味わい、世界中で貧困や病気などで困っている人たちの幸せを祈り、献金するという「同悲・祈り・布施」の仏教精神に基づいた具体的な菩薩行の実践であり、今日的な平和運動だと思っているからです。   最後に今後の修行目標と将来の夢を聞かせてください。    私たちが日ごろ、唱和している会員綱領には「人格完成の目的を達成するため」と「家庭・社会・国家・世界の平和境(常寂光土)建設のため菩薩行に挺身する」という修行目的と規範が明確に示されています。ですから、これからも変わることなくこの会員綱領に沿って日々修行し、精進していきたいと思っています。また、将来の夢としては3年後に私は定年を迎えるのですが、第二の人生を新たなスタートラインと受け止め、人さまの幸せのために布教伝道と菩薩行の実践に一途に取り組み、生きがいある豊かな人生を送りたいと願っています。 

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生も死も妙法のうち ① 

立正佼成会会長庭野日鑛 「死」を乗り越える 「仏道修行の肝心要のことは『生老病死を度す』ということ」──これは開祖さまが、仏教の生命観と人の死について述べた法話の一節です。「死」は、人生におけるもっとも大きなできごとですから、「死んだらどうなるのだろうか」「死ぬのが怖い」「死にたくない」といった不安や恐れや苦しみを「度する」、すなわち乗り越えることは、確かに仏道の要点の一つといえます。そうして安心を得るとともに、自他の幸せを願って身心を磨くのが仏道精進です。  その仏道の要点の一つである「生死」の受けとめ方について、私はこれまで、たとえば死は「大いなるいのち」というふるさとに帰ることとし、生命については、理論物理学者である佐治晴夫先生の著述を参考に、私たちの生命は宇宙と一体であり、「極論すれば私たちは日々、永遠を生きている」といった生命観をお伝えしてきました。 法華経の教えにも通ずる宇宙的な視点で「生命」を見つめると、私たちはみな宇宙発生以来の過去から未来へとつづく「永遠のいのち」を生きているのです。そう受けとめれば、死は恐れとはならず、死にまつわる憂いも心配も和らぐと思うのです。  現実に死と向きあい、仏のいのちは永遠と説く法華経の信仰によって生死の苦を乗り越えたと考えられるのが、詩人の宮沢賢治です。賢治は「われやがて死なん/今日又は明日」と書きだす詩のなかで、自身の心境を「われ死して真空に帰するや/ふたゝびわれと感ずるや/(略)/その本原の法の名を妙法蓮華経と名づく」と吐露しています。死んだあとは宇宙という「大いなるいのち」のもとへ帰り、やがて生まれ変わる、それが法華経に示されている、と。 法華経をとおして「永遠のいのち」を生きる自己に気づき、病の悩み苦しみから救われた賢治は、さらに「生もこれ妙法の生/死もこれ妙法の死」と綴ります。病を得る「生」も、身に迫る「死」も、妙法(真理)のはたらきのまま、あるがままと受けとめることができたということです。  「永遠のいのち」を生きる私たち 宮沢賢治がこの詩(「一九二九年二月」)を書いたのは、亡くなる四年ほど前、三十三歳のときですが、その若さでこうした死生観に立てる人は稀です。もちろん、そこに法華経の教えによる支えがあるのは間違いないと思います。  死んだあと自分がどこへ行くのか、どうなるのかは、だれにもわかりません。それでも私たちは、いまも、死んだあとも、ずっと「永遠のいのち」を生きていると教えていただくと心が安らぎます。妙法蓮華経にめぐりあってそれを知った賢治の喜びは、信仰を同じくする私たちもまた味わうことのできる喜びといえるのではないでしょうか。 私自身も以前、「安らかに生命の故郷へ帰っていった開祖さまの姿を見届けたことで、『ああ、あのように死んでいけたらいいなあ』と、落ち着いた気持ちで死を受けとめられるようになった」と述べたその心情は、いまも変わりません。これも、先人たちによる生命に関する研鑽の積み重ねと、信仰のおかげさまと受けとめています。  とはいえ「死」は、自他の別なくやってくるのです。心から納得のいく死など、ないかもしれません。だからこそ、「生老病死を度す」ことが人生の大きなテーマになるのです。そして、だれもが死を迎えるからこそ、いま命あることの喜びをかみしめ、その「いま」を多くの人と相和して生きることが何よりもの幸せといえるのです。 では、宇宙発生以来、連綿とつづく「永遠のいのち」の流れのなかに現世があり、私たちがいま「生老病死」の苦を負ってその現世を生きる理由は何か──そのことについては、またあらためて考えてみたいと思います。 

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法華経と四諦の法門 —集諦の実践

ドミニク・スカランジェロ立正佼成会国際アドバイザー 前回は、マインドフルネス(「今・ここ」に意識を向けること)とボディフルネス(全身の気づき)を活用し、自分の願いと現実との隔たりに苦しみを感じる瞬間を自覚することで苦諦を実践する方法について考察しました。自らの苦しみを正直に認め、自分が問題を抱えていることを受け止められたなら、私たちはすでに最初の大きなハードルを乗り越えたことになります。しかし、そこで立ち止まるわけにはいきません。仏さまは苦しみを何とかしたいと願う私たちに、原因の探究という次のステップに進むことを教えてくださっています。 仏教では、欲望(貪欲)が苦しみの根本原因であると説明されることもあれば、物事の本当のすがたに対する無知(無明)が苦しみの原因であると説かれることもあります。しかし、この二つは互いに相反するものではありません。「無明」とは、自己に対する誤った捉え方、すなわち心の奥深くに根を張っている自己中心性のことです。無明は単なる考え方ではありません。私たちの世界の見方そのものに深く組み込まれているものです。この自己中心性から、現実を自分の願いどおりにしようとする強い欲望(強いこだわり)が生まれます。さらに私たちは、物事を自分の思いどおりにするために行動し、その結果、自分自身にも周囲の人々にも苦しみを与えてしまうことになるのです。 ここで一つの例として、若かった頃の私の体験をお話ししたいと思います。20代の頃のことですが、ある大切な約束があって車で向かう途中、ひどい交通渋滞に巻き込まれたことがありました。いら立ちが募り、やがて周囲を走る車がすべて、目的地へ向かう私の行く手を阻む障害物であるかのように見えてきました。隣の車に割り込みをされた私は、ついカッとなってクラクションを鳴らし、相手のドライバーに大声を上げてしまいました。すると相手も同じように大声で言い返してきたため、交通渋滞に巻き込まれるというよくある出来事が、まるで地獄界にいるかのような苦しみの時間になってしまいました。 いったいなぜ、私はこのような状況を招いてしまったのでしょうか。もし私が割り込みをしたドライバーに対し、怒りをあらわにして大声を上げたりしなければ、言い争いは起きなかったはずです。したがって、争いの直接の原因は私の行動だったと考えることができます。 しかし、ここでさらに深く掘り下げてみたいと思います。というのは、その時、なぜ私はそのような行動をとったのか、その「なぜ」を本当の意味で理解しなければ、もしかしたらこれからも同じように怒りを爆発させ、同じような結果を招いてしまうかもしれないと思うからです。 この出来事が起きたとき、私はまるで固く巻かれたバネのような状態にあって、内側に溜まった負のエネルギーが、今にも一気に噴き出そうとしていました。では、なぜ私の中にそれほどまでに強い負のエネルギーが溜まっていたのでしょうか。それは私が置かれていた状況、つまり約束の時間に遅れそうになっていたせいでしょうか。多くの人はそう考えるかもしれません。しかし、そのひどい渋滞に巻き込まれたドライバーの中には、同じように大切な約束の場所に向かいながらも、穏やかで落ち着いたままの人も、きっといたはずです。状況や条件だけが主な原因だったとはいえません。そこで、さらに探究する必要があります。 十如是を学んだ際にわかったように、人が特定の行動をとる可能性や傾向には、その人の心の性質が関わっています。では、そのときの私の心は、どのような状態だったのでしょうか。約束の時間に遅れそうな状況を受け入れられず、私の心は怒りに燃えていました。自分の力ではどうにもできない状況に置かれ、自らの無力さに直面していたのです。 そう考えると、原因はカッとなりやすい私の性格にあったといえます。 しかし、もう一層深く掘り下げる必要があるかもしれません。なぜなら、私たちの心の状態は、過去の経験によって形成されているからです。私たちの心の「如是性」には、過去の行ないが現在まで及ぼしている影響、すなわち過去の経験がもたらした「如是報」が反映されています。「如是報」が、私たちの心の性質を形作っているのです。したがって私の場合は、自分は感情的になりやすい性格なのか、そして、もしそうであるなら、それはなぜなのか振り返ってみる必要があるのです。 子どもの頃の私は遅刻が多く、宿題の提出が遅れたこともたびたびありました。そのため大人から厳しく叱られ、家庭でも学校でも時間を守ることを強く求められました。それは私にとって、トラウマに近いものとなりました。20代の私が交通渋滞で感情的になったのは、一部には幼少期に時間を守れなかったことで味わったあのつらい経験を、二度と繰り返したくないという思いがあったからかもしれません。 そのように願うこと自体は、決して悪いことではありません。それは、自分自身を大切にしようとする自然なやさしさから生まれてくるものです。しかしこの時、私の願いは恐れや怒りという好ましくない感情へと歪んでしまい、その感情は現実を自分の望みどおりにしようとする行動となって表出したのです。 集諦を実践することは、必ずしも容易ではありません。時間をかけて正直に自分の内面を見つめ、心を開いてサンガの仲間と自分の感情や思考を分かち合い、自らの心を客観視することも大切になるでしょう。苦しみを乗り越えるためにはどうすべきか。その実践の道筋を明確に見出すには、問題の核心にまで迫らなければならないのです。 次回もこの例を取り上げ、苦を解決するために、どのように「道諦」を実践していけばよいか、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。 サンガの現場レポート ブラジル教会長 佐々木廣海マリア わが家には思春期を迎えた息子がいます。先日、私は急いでいたため、家の手伝いを息子に頼みました。「お願いだから今やってほしいんだけど」と声をかけたのですが、そのとき息子はちょうどゲームに夢中になっていました。 すると息子は、「えー、今は抜けられないんだよ!」と不機嫌そうに返事をしました。私もついイライラしてしまい、「ゲームばっかりやって!」と言い返し、口論になってしまいました。 今回の出来事を振り返る中で、私は親子げんかという苦の原因は、息子の態度そのものではなく、「今すぐ手伝ってほしい」「親の言うことを聞いてほしい」という、自分の思い通りにしたい気持ちへの執着にあったのではないかと気づかせていただきました。その執着が、イライラや怒りを生み出していたのです。 実はそのしばらく前、私は息子からお気に入りのズボンを直してほしいと頼まれていたことを忘れ、数日後に息子から「お母さん、ズボンはもうできた?」と聞かれ、「あっ、忘れていた。ごめんなさい」と答えていたことを思い出しました。 私はそのときのことを振り返り、自分は後回しにされたくないと思いながら、息子から頼まれたことは後回しにしていたことに気づかせていただきました。そして、私は息子がすぐに手伝ってくれないことに腹を立てていましたが、息子の態度は自分自身の姿を映し出してくれていたのだと反省することができました。 また、日頃から息子が家事を手伝い、私を支えてくれていたにもかかわらず、そのことを当たり前のように受け止め、感謝の気持ちが足りなかった自分にも気づかせていただきました。 そこで次からは、「手伝いをお願いしたいんだけれど、何時ならできるかな?」と、息子の都合を尋ねながらお願いするようにしました。すると息子もイライラすることなく応じてくれるようになり、私自身も一日中モヤモヤした気持ちを引きずることがなくなりました。 この体験を通して、苦しいことやつらいことがあったとき、その原因を外に求めるのではなく、まず自分の心を見つめることの大切さを学ばせていただきました。まさに、苦しみの原因(集諦)は自分自身の執着であると、息子との関わりを通して身をもって学ばせていただきました。 おかげさまで、わが家は今、以前より穏やかで平和な毎日を送っています。相手を変えようとする前に、まず自分自身の心を調えることの大切さを、いつも忘れずにいたいと思います。 そして、「即是道場」の実践として、目の前に生起する出来事はすべて仏さまから与えられた学びの場であると受け止め、一つひとつの出来事と向き合いながら、自らの仏性を磨いてまいりたいと思います。これからも日々精進してまいります。 ありがとうございました。 

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「精進に終わりなし」を胸に、心新たに日々の修行を

ロサンゼルス教会 増野直美(選名・匡代) 立正佼成会の信仰に出遇ったのは、いつごろ、どのようなきっかけだったのですか? 大阪で生まれ育った私は1980年に結婚し、その嫁ぎ先が大阪教会の会員の家庭だったことが信仰するきっかけでした。夫をはじめ義父と義母も熱心な会員でしたから、昼も夜も支部の会員や青年部リーダーの出入りが非常に多い家庭でした。 結婚した翌年の1981年に長男を授かったものの、80年代後半からのバブル景気に浮かれた夫は毎晩のように外泊や朝帰りをくり返し、夫婦関係は徐々に悪化していきました。家庭を顧みることのない夫に対して、《もうこのままでは一緒に暮らせない。できれば離婚をしたい……》と思うようになり、しばらくの間、長男を連れて夫と別居することにしました。 そんな私の身を案じた地区の組長さんや主任さんが頻繁に手どりに来てくださいました。当初、私は居留守を使っていたのですが、何度もアパートに来られるサンガ(同信の仲間)の優しさや思いやりに心を動かされ、長男の手を引きながら少しずつ大阪教会に通うようになりました。 教会では組長さんや主任さんたちが「最近どう? 困ったことあらへん?」「何かあったら遠慮せんと言うてな」と私のことを気遣い、また幼い長男の面倒も見てくださるおかげで、ご命日式典やお当番修行に参加するようになりました。 いちばんつらい時にサンガの人たちが親身になって関わってくださったんですね。 その後も私は夫と話し合いを続け、何度も離婚届を持っていきましたが、そのたびに夫に離婚届を破られてしまいました。私は不安でどうしていいかわからず、当時の支部長さんに夫との関係で悩んでいることを打ち明けました。すると支部長さんは「ご主人との問題は、あなたに必要あっての修行なんよ。離婚するのは簡単やけれども、今のあなた自身の心を変えない限り、また同じような苦しみを味わうよ。離婚するしないは仏さまにすべてお任せして、今はとにかく一心に仏さまの修行をさせてもらいましょ」と厳しくも優しい言葉で私を包んでくれました。そのお言葉を信じて、私はひたすら手どりや法座修行をとおして自分の心を深く見つめました。するとまもなくして、不思議なことに長い間頑なに離婚を拒否していた夫がすんなりと離婚届にサインをしてくれたのです。離婚の条件は長男の親権者を私にすることだけで、養育費や慰謝料はなしということで合意しました。そして1991年に離婚が成立し、それぞれ新たな人生を歩むことになりました。 その後、女手一つで長男を育てていくには経済的な苦労をはじめ、たくさんのつらいことはありました。母親として、わが子を守り抜くという意地と強さは持っていたものの、時に心が折れそうなこともありました。そんな時、必ずサンガの皆さんが私を励まし、寄り添ってくださいました。そうした多くの人たちの支えがあればこそ、長男を抱えながらも昼間は生命保険会社で働き、夜は支部青年女子部長として手どり修行に歩けたと思っています。時には青梅練成会や七面山参拝にも参加し、一生懸命青年部活動に取り組むことができました。今振り返ると、長男は小さいころから仏さまのそばで育ち、素直で優しい人間に成長してくれたことに心から感謝しています。 その後、渡米するまでの経緯について教えてください。 離婚した翌年の1992年2月、学生時代の友だちと観光旅行でアメリカ・ラスベガスを訪れた時、私は運命に導かれたかのようなタイミングで現在の夫と出会ったのです。 当時、彼はロサンゼルスの旅行会社で働いていて、ラスベガスで観光客のガイドをしていました。私たちが日本からラスベガスに旅行で来たことを話すと、彼がよく行くレストランに連れて行ってくれ、初対面にもかかわらず意気投合し、楽しく食事をして別れました。 そしてその三日後、再び彼と出会ったのです。その時、私はまるで映画や小説のように偶然とは思えないほどの驚きと強い運命を感じました。そして食事をして別れ際に「もしも大阪に来られる機会があったら連絡してください」と彼に電話番号を伝え、友人と私は翌日帰国しました。 それから半年ほど過ぎた頃、本当に彼が仕事で大阪に来ることになり、私は彼と感動的な再会をしたのです。そうした思いがけないことがご縁となり、お互いに離婚を経験して独身だったことから、私たちは1993年11月に再婚しました。 彼からのプロポーズの際、「結婚しても立正佼成会の信仰は続けます。また、私にとってかけがえのない息子も一緒です」と自分の気持ちを正直に伝えました。 彼は以前、東京・杉並で暮らしていたこともあり、立正佼成会の大聖堂の存在は知っていました。また両親を亡くしていて、アメリカで先祖供養ができるということもあり、私が立正佼成会の信仰をすることに理解を示し、もちろん長男のことも快諾してくれました。そして1994年5月、私は中学2年生になった長男と共に渡米することになったのです。 ロサンゼルス教会では日本語支部の支部長をされてきたのですね。 私は2003年から主任と婦人部長を兼務させていただき、2007年からは日本語支部長のお役を20年近くさせていただいてきました。渡米した当初は異なる文化や習慣の中で戸惑うことが少なくありませんでした。佼成会の修行においても日米の違いを感じました。日本では協調性や和を大切にする文化があります。そのため例えば、幹部さんの指導に対して、「はい、わかりました」とか「そうですね」と同意する人が比較的多いと思います。しかし、アメリカでは一般的に「私はこう思います」とか「このように考えます」と自分の意見や意思をはっきり自己主張する文化があります。どっちが良い悪いということではありません。私はアメリカの会員さんと関わる中で、それぞれの国の文化や価値観、国民性に違いがあることを認め合い、理解し合うことがいかに大事かということを学びました。 現在自宅があるパームスプリングスからロサンゼルス教会までは約200キロ離れていて、車で約2時間かかります。若い頃は日帰りで道場に通っていましたが、現在は毎月のお当番修行などは泊りがけでさせていただいています。 車で道場に向かう途中、教会から遠距離に住み、赤ちゃんや幼い子どもを抱える会員さんを誘いながら、お当番修行やご命日に参加するように努めてきました。そして、お役をとおして自らの信仰心を深めるとともに、かつてサンガにしてもらったように人さまのつらさや悲しみに寄り添うことを心がけて、これまで多くの会員さんたちと関わってきました。 立正佼成会の教えの中で心に留めているものはありますか? 「自分が変われば相手が変わる」という教えを深く心に刻んでいます。今の夫と結婚した当初、私には「教えたろか!」と言わんばかりに無意識のうちに上から目線の言葉が出てしまうことがありました。すると、夫から「教えてもらおうなんて思ってないよ」と私の思い上がりを指摘する言葉が返ってきて、自分自身の高慢さに気づかされ、あらためて我の強い人間であることを思い知らされました。そして同時に、すべての縁から学ぶことの大切さを認識し、自分を変え、成長させることができると実感しました。 今年6月に日本語支部長のお役を退任されましたが、今後どのようなお気持ちで修行に取り組まれるか聞かせてください。 会長先生は日ごろから、「精進、精進、死ぬまで精進、生まれ変わったらまた精進」と教えてくださっています。 お役を退任しても仏さまの修行は続くわけですから、これからも会員綱領にある人格完成を目指して日々精進を重ねていくつもりです。私が尊敬するお一人でロサンゼルス教会元相談役のグリミツきぬよさん(故人)は、高齢のため支部長を退いても同年代の会員さんを自ら運転する車に乗せて、毎月のご命日には必ず参拝されていました。 今後もグリミツ元相談役さんを信仰者の鑑とさせていただき、「精進に終わりなし」を胸に今後も一人の信仰者として新たな気持ちで修行させていただきたいと思っています。

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「今、ここ」に一燈を点じよう

皆さん、こんにちは。「世界を平和にしたい」と願う人は少なくないはずですが、世界で起きている出来事はあまりにも大きく、自分一人の力では何も変えられないように感じる人が多いのも現実です。 私は普段、小さなバイクで通勤しています。ある日、赤信号で止まっていると、車いすに乗った方が歩道へ上がる段差で困っておられる姿が目に入りました。するとそこへ一人の学生さんが近づき、ごく自然に車いすを押し始めたのです。 その様子を周囲の人たちも見守り、無事に歩道へ上がれた瞬間、その場は温かな空気に包まれました。 その学生さんは世界平和を実現しようと思って行動したわけではなく、ただ目の前で困っている人に手を差し伸べただけでしょう。しかし、その小さな行動は一人の方を助けただけでなく、周囲にいた人々の心にも灯をともしました。今月の会長法話に示された「暗黒を嘆くより一燈を点じよう」とは、まさにこのような姿ではないでしょうか。 7月の大きな地震で被災した熊本県の人々に向けて、多くの方が「自分にできることはないか」と心を寄せ、それぞれの形で支援を続けておられます。私たちの身近なところにも、目を向けてみれば、支援や思いやりを必要としている方々がおられます。 家庭での「ありがとう」、職場での「お疲れさま」、見知らぬ人への笑顔、相手の話を最後まで聴く姿勢――その一つひとつは小さな灯かもしれませんが、その灯は人から人へとつながり、やがて家庭や地域、そして世界を照らす光になっていきます。 世界平和への第一歩は、遠いどこかではなく、「今、ここ」で自分にできる一燈を点じることから始まるのではないでしょうか。

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慈悲心から生まれる厳しさ

Rev. Nikkyo NiwanoFounder, Rissho Kosei-kai 厳しい言葉も素直に聞ける この厳しい訓戒が、大きな慈悲から発していることはいうまでもありませんが、私がとりわけ感嘆をおぼえるのは、「水」というものを用いて戒められた深いお智慧です。「水」は本来、清らかなものです。お釈迦さまは、すべての人間が本来もっている「仏性」をその「水」にたとえて、「そなたは、もともと水のような清らかな本質をもっているのだよ」ということを教えられたのでしょう。 羅睺羅は素直な人間でしたから、そのお心をそのまま受けとることができ、そして立ち直ることができたのです。 ここに、お釈迦さまの指導力の秘密があるように思います。私が知るかぎりにおいて、どの経典を読んでも、お釈迦さまが「おまえはだめな人間だ」などと、相手の本質を否定するようなことをおっしゃることは、けっしてありません。戒めるときも、相手の心のもち方の誤りや行ないの過ちそのものを指摘されるのです。相手はそれが事実であることを自分でも知っているわけですから、素直に聞くことができるのです。素直に聞けば、厳しさが厳しさでなくなるのです。それが、仏さまの厳しさなのです。 職場においても、法座においても、ちょっと厳しいことをいう人は敬遠されがちです。しかし、相手の本質を認め、美点や長所を認めたうえでの厳しさなら、必ず理解されるはずです。 副会長だった長沼妙佼先生(脇祖)は、「この人を本物にしなくちゃならない」と思うと、箸の上げ下ろしにまで注文をつけました。ご法の行じ方はもちろんのこと、日ごろの生活での一挙手一投足を見ていて、こと細かに教えてくれました。 そのお陰で、幹部さんたちが姿勢をきちんと整えることができたのですが、妙佼先生のすばらしいところは、その厳しいお言葉の一つ一つが大きな慈悲心に発しているのがひしひしと伝わってくるところでした。親身になって、一人ひとりにこまやかな心くばりをされるのです。人は、相手がほんとうに自分を思ってくれているのを感じるときは、その叱責や忠告を前向きに受けとれるのです。 私の知人が、こんなことを話してくれました。少年時代に何かよくないことをして、叔父さんにきつく叱られたのです。そのとき、「頭のいいおまえが、どうしてそんなことをしたんだ」といわれたそうです。その「頭のいいおまえが」のひとことがズンと胸に響いて、叱られて恨むどころか、その叔父さんが大好きになり、八十歳を過ぎた現在までその言葉が心の支えになっているということでした。 それにしても、私たちが生活している現実の世の中は、お釈迦さまが「一切皆苦」と説かれたように、「苦」に満ちた厳しい世界です。その厳しい世界を生き抜いていくには、やはり小さいときから鍛えられて育つことが大事なのです。 そういう意味でも、人を育てるには、根本に一〇〇パーセントの愛情が必要ですが、時には厳しい言葉を添えて表現することも大切でしょう。 一方、私たちが現実の生活でいろいろな苦難に出会ったときでも、その奥に仏さまの大慈大悲が働いていることを忘れてはなりません。そして、その厳しさを素直に受けとめると、そこに幸せへの道が開けているのに気づくことができるのです。 庭野日敬平成法話集1『菩提の萌を発さしむ』p. 108–110

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一人ひとりが一燈を点じよう

立正佼成会会長庭野日鑛 暗黒を嘆くよりも いま現在も、世界の各地で多くの人が戦争や圧政のために苦しんでいます。ローマ・カトリック教会の教皇レオ十四世聖下は、この春以降「戦争を終わらせ、平和と和解を促進する努力を」と世界のすべての為政者に呼びかけ、「自己崇拝と金銭崇拝を止めよ。力の誇示を止めよ。真の強さは、いのちへの奉仕において示される」と強調されました。 ところが前代未聞のことに、そうした教皇聖下のメッセージに非難の言葉を向ける一国の指導者もいて、人間にせっかく与えられた心と言葉を使う能力が、争いと不調和を招くことに使われるのは残念に思います。そして、そういう状況を嘆いて、傍観するしかない私たちなのです。 ただ、そのような先行きの見えない暗黒にも映る世の中であっても、一人ひとりにできることはあると力強く訴える立言があります。東洋思想家として知られる安岡正篤師の手になる「一燈照隅行──万燈遍照行」というものです。 「暗黒を嘆くより一燈をつけよう/先ず我々の周囲の暗を照らす一燈になろう/微かなりとも一隅を照らそう/手のとどく限り、到る処に燈明を連ねよう/一人一燈なれば、万人万燈である/日本はたちまち明るくなる/是れ我々の一燈照隅行即万燈遍照行である/互いに真剣にこの世直し行に励もうではないか」 立言のなかの「日本は」の部分は、もはや「世界は」といったほうが適切でありましょう。また、「世直し行」とあるのも、一人で何か大きな変革をもたらすことではなく、先月お話しした「人のために火をともせば」の延長線上にある、身近な実践を呼びかける言葉と私は受けとめています。 ローマ教皇聖下は「ほんのわずかな信仰さえあれば、人類として、人類と共に、この歴史の激動の時に共に立ち向かうことができる」とおっしゃっていますが、一人ひとりの日々の実践が一隅を照らすともしびとなり、それが何億、何十億となるとき、真っ暗な宇宙空間でひときわ青く輝く星にふさわしい、明るい地球の未来が期待できるのです。 手のとどく限り この立言のなかの「手のとどく限り、到る処に燈明を連ねよう」の一節も、「手のとどく範囲で」と読めば、自分にも無理なくできる身近な布施行が、暗黒の世を照らす光明となることを教えています。そう考えると、今月の十日に、本会の脇祖さま(長沼妙佼)のご命日である「報恩会」を迎えることが、偶然ではないような気もするのです。 脇祖さまは、ふれあう人をみな、おなかを痛めたわが子のように思い、ときに厳しくもあたたかな指導をしたことで知られています。まさに「到る処に燈明を」連ねるような慈悲行に徹し、目の前に困っている人がいれば、食べ物もふとんもお金も、そのとき着ている自分の服さえもためらうことなく差しあげたそうです。すべてを「仏さまからの預かりもの」と受けとめ、一燈を点じつづけたのでした。 私たちの日常に目を転じて「手のとどく範囲」を見てみれば、家族はもちろん隣近所の人や電車やバスで隣りあわせた人、コンビニのレジに並んだ前後の人なども手のとどく範囲の人です。そういう人たちへの笑顔や感謝、それに困っている人に手を差しのべることも、周囲を照らすともしびとなります。家族への労りや感謝の言葉は家庭を明るく温めるともしびとなり、苦難のなかにいる遠い国の人を思う祈りもまた、尊い一燈です。そして、国や民族や宗教の違いを超えていま、世界じゅうの人が同じ思いで平和のともしびが遍く広がることを念じているに違いありません。 「他のために点じた一隅を照らす灯は、いつまでも消えることはないのです」という開祖さまの言葉を通して、私たちは足元の実践を倦まずたゆまずつづけてまいりましょう。

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